社団法人日本機械学会発行

日本機械学会誌 2004年1月号掲載

本の機械製造業への期待

ファインテック且ミ長  中川威雄

1.日本の富と機械産業

「人間の幸福とは」と言い出すと、それぞれに異なる価値観が存在するが、経済的な豊さは圧倒的に大きな幸福の要素である。豊さの点では日本は世界の中でトップレベルにあることは間違いない。天然資源のない我国にも、豊富な人的資源があり、それが大きな富を生み出している。我国は原材料を輸入し、それを加工して何倍もの付加価値をつけ、その一部を輸出し外貨を獲得し、その外貨で原料やエネルギーを購入している。付加価値を付けるという点では、農業もサービス産業も全ての産業で同じであるが、何といっても製造業の付加価値の付け方は大きい。原料から製品までに、何倍も何十倍にも価値が上がっていく。したがって、最大の製造業である工業の発展した国はいずれも豊かな国となっている。

現在の日本は、工業生産額の1/4を占める機械工業で、なんと輸出の80%を稼いでいる。それ程、日本の機械産業は重要でその競争力も抜群の強さである。もし仮に機械産業が弱体化し貿易収支が赤字となったとしよう。それは直接円安につながり、日本の保有する富は減少し、要するに我々は貧乏になる。その時どこまで円安が進行するかは、輸出の8割を占める日本の機械産業の国際競争力にかかっている。21世紀は情報通信革命の時代とも言われているが、それも機械産業の存在のもとに成立っている。また遠い将来には、バイオやナノといった先端産業が発展してくることが期待されているものの、当面は機械産業に頑張ってもらうしかないのである。

 

2  2. 急速な製造業のグローバル化

前世紀後半より世界貿易の急速な拡大は続いている。これは、世界全体の産業が発展すると共に、物や金の移動の面で国境が消滅しつつあるためでもある。さらに、インターネットで様々な情報は国境を越え瞬時に飛びかう時代となっており、どんな製造業も最適地での生産が許される時代となってきた。しかも各国は、外国の強力な製造業を呼び込むために、インフラ整備を行ったり、数々の優遇策を提示している。外国からの投資が行なわれている国には、何らかの魅力が存在するのであり、逆に投資のない国は工業も衰退する危険性がある。

現在、最も大きな投資が行なわれている代表的な国家は米国と中国である。米国は巨大な経済国家であり、中国は低い労働コストと将来の巨大マーケットを期待してのものだ。同じくインドも経済の自由化政策を採り始め、中国の後に続く可能性が出てきている。それにしても中国の製造業の高度成長は驚くばかりである。すでに工業製品で量的に世界一のものが続々と増えている。しかも、その多くが何年か前まで日本が世界をリードしていたものであり、その中で電機・情報機器を含め中国の機械工業も力をつけてきた。さらに今、中国にモータリゼーションの兆が現れ、中国の自動車産業も急成長を始めた。もし電機産業と同じように発展すれば、数年後には中国は自動車産業大国となる。自動車産業は裾野が広く、一般機械産業の技術をかさ上げするので、日本の機械産業へも大きな影響は免れない。

 

3  3.    大企業と中小企業の生き残り

海外との競争が厳しくなり、刻々と不利な状況となっている日本の製造業はどう生き残れば良いのか。手取り早い方法は言うまでもなく、無駄を排除し生産を合理化しコストダウンを図ることである。その中では、投資や事業の重複を避けるため競合する企業が合併する方法もとられる。欧米先進国に比較して、日本企業は同一業種に多数の企業が存在している。それらを整理総合する形での合併や大手グループへの吸収が大きな流れとして起っている。当然、日本の製造業にとって最も重要とされる将来の技術開発にもスケールメリットが得られる。

 一方で、一見逆の方向のように見られるものに分社やカンパニー制のような企業分割がある。いわゆる総合メーカと言われる大企業は、親方日の丸的な厳しさの不足する部門が存在し、ついには企業全体の活力を失わせることにもなっていた。急激に変化する中で臨機に対応するには、独立企業体制をとる方が強力な企業が育つ。最近では企業系列も崩れ、他社の協力は得られ易くなっており、企業規模が小さくてもやり方次第では十分発展出来るのである。

 一方中小企業や下請企業も何らかの構造改革が必要となっている。中小企業の多くがこれまで価格競争力で勝負していたこともあって、中小企業の仕事のかなりの部分が海外工場に移りつつある。下請企業として親会社に頼ることができなくなれば、自社で仕事を探し出す必要性が生れてくる。世の中のニーズに合わせた技術開発や海外展開といったものは、零細な小企業では経験もないし不得意である。すでに中小企業同志の相互の協力体制や大手グループの企業への参加といった形の変化が表れている。さらに自社技術に独自の力を持つ企業は、時代の流れに合せて製造品目を変換し、中小企業の小回りの効く良さを生かした改革が進んでいる。これらの中小製造業は企業数も雇用人口も極めて大きく、その変革が日本の製造業の将来を決める事になるかも知れない。製造業の体力がまだ残っている間に何らかの変革を実行すべきであろう。

 

4  4.    製造業のためにも全産業を競争社会へ

現在の日本の製造業の苦悩の原因は、発展途上国の労働者の低賃金にのみ起因するものではない。日本での製造コストが高いのは、製造業従事者の賃金だけではない。製造業を取り巻く土地・建物・電気・輸送・教育・医療・食料・行政・租税など言い出せばキリがない位に多くの分野で高コストとなっている。その中で規制に守られて企業努力を欠く産業の存在や非効率なシステムは、日本の製造業の足を引張っている。「競争のない社会に進歩はない」と言って良いかも知れない。つらい事かも知れないが、規制を撤廃してどんな産業も競争原理が働く仕組みにしなければ、グローバルな競争の中にある日本の製造業は益々厳しくなり、結局は日本の豊かさは消えてしまうこととなる。

さらに少子高齢化が進んでおり、労働年齢人口は数年前より減少し、総人口も数年内に下降に入る。現在、製造業に就職する人は減りつづけ、しかも優秀な人材は製造業へ行きたがらなくなっている。安い労働力ということもあってパートやフリータの就業者が増え、技術や技能を磨かねばならない職種では、高度技術を発展させるどころか現状維持だって易しくはない。米国などの例でも製造業が疲弊した段階で、優秀な人材が集まらなくなっていた。企業は一定の収益が出なければ、将来のための技術開発費の負担も出来ない。間違いなく、現在の日本の製造業は開発投資に向ける人材も資金も余裕がなくなってきている。早い時期での日本の社会のシステムの改革が強く望まれる。

 

5  5.    恒常的に進む製造業の構造改革

多くの製造業が海外生産に移行し、これまで日本の黒字を稼いで来た機械工業製品の多くを、発展途上国に次々と奪われる中で、それでもなお日本は貿易黒字を維持し続けている。かつて韓国・台湾の工業化が進み、日本と競合する製品が生産されだした時、日本の両国への貿易黒字は増大した。つまり、両国では生産出来ない多くの高度部品は日本から輸入せざるを得なかったのである。現在は、もっと大規模な形で同じことが中国で起っている。最近の中国のケースでは、多くの日本の製造業が出かけているが、やはり高度部品や生産財の輸出が大幅かつ急速に増えている。

海外に生産を移した業種では、当然の帰結として日本から消滅し、工場閉鎖や雇用の問題が生じている。過去においても製造業は雑貨品からの始まり衣料品、さらには家電製品と日本から次々と消えていき、別の高度製品へ転換していった。その後半導体や電子部品、パソコンや情報機器が伸びてきて、それらにとって代った。しかし、それらの製品も今や東アジア諸国に移りつつある。しかし、情報機器にしても携帯電話、情報家電など技術革新の激しいものは、東アジアで生産されていたとしても、日本の高度部品が採用されている割合は依然として高い。それらを含め今はハイテク電子部品、高度な機械部品、産業機械、自動車、高度な生産財といったものが、今の日本の製造業の強さとなって貿易黒字を稼いでいる。つまり、日本の製造業はこれまでにも主たる生産品目を変え、常に構造改革を行なってきたのであり、しかも貿易で黒字を出しているのである。これを見ると技術に変化と進歩がある限り日本の製造業は生き残れる。しかも、幸いなことに今のところ技術は予想を超えて進化を続けているのである。

 

6  6.    機械産業はまだ頑張れる

電機・情報産業といわゆる機械産業と比較すると、発展途上国への流出の度合がかなり異なっている。機械産業の典型例は自動車産業であるが、発展途上国の自動車で脅威となりそうなのは今のところ韓国の自動車会社のみである。同じく船用エンジン・鉄道車両・建設機械・産業プラントといった耐久性を要する機械は、簡単には真似出来ないところがある。設計や使用する材質や加工精度も簡単ではないが、何しろひとつの部品が故障しても、全体として機能しない。電機分野などのように信頼できる大手の部品サプライヤが居てくれる訳でもない。プラントや産業機械についても、エンジニアリングを要するものは信頼性を含め長い間の経験技術は簡単には真似できない。生産財についても耐久性や信頼性まで考慮すると、少々高価格でも長く使えて便利なものを選ぶこととなる。途上国で模造品を生産するにしても、同じ品質のものが製造できない難しさが存在する。

今のところ発展途上国の生産は、外国製の高度な生産財を使いこなしているだけである。真似して作るにも製造装置にまで逆のぼって開発するのは難しい。まして、製造法の改良や開発をほとんど行なってこなかった国の人々は、その手法も身につけていない。懇切丁寧に指導をすれば製造可能ではあるものの、応用するレベルに達するには長時間を要する。機械産業の製造面の工夫は特に地味で現場的で泥くさい面があり、少なくとも技術移転は易しくはい。さらにその技術が日々進歩していれば追いつかれることはなさそうだ。

 

7  7.    知財権を活用した研究開発型への転換

ほとんどの製造業が、賃金が安い国へと移っていく中で、高賃金の先進工業国の生きていく道は、より高度な技術を要する産業への転換である。バイオやナノ技術も日本の高度なエレクトロニクス技術や微細加工技術と組合せれば大きく発展しそうである。といっても技術が確立した時点で、ほとんど同時に海外への技術移転が始まる時代である。高い研究開発コストをかけた成果でもって、十分な対価を確保するには、知的財産権を活用する道しか存在しない。今後は特許やノウハウで自ら防衛すると共に、それらを武器にして利益を得る戦略を立てなければならない。

新製品や新技術開発には新製造技術開発が伴うことが多い。製造法を特許申請すると技術が公開されるからといって特許の取得に消極的な人達も多いが、この問題にどう対処するかの見極めは重要である。また、発展途上国は技術やデザインの模倣地帯であり、特許取得は意味がないとする見解は危険である。中国でも自国の特許申請は急増しており、状況は急速に変化しつつある。

日本の民間を含めた科学技術研究開発費のGDPに占める割合は世界の中で依然としてトップにある。他の先進国に比べて少ないと言われていた日本の政府支出も急増し、官や学の研究成果の活用にも力が入ってきた。いわゆる産学官連携とか大学発ベンチャーへの支援にも大きな予算がつくようになっている。そのせいもあってか、最近は大学を含む公的機関の研究者も、研究成果の産業界への移転や特許取得にも関心が強くなっている。公的機関の研究者にはもっと産業技術を身近に把えると共に、いたずらに産業界の技術そのものを扱うのではなく、大学や国研に相応しい創造的研究活動を期待したいものである。

 

8  8.    アジア発展途上国との共生

 日本の製造業の立場からみると、何と言ってもアジアの発展途上国、とりわけ中国の驚異的躍進は気にかかる。中国は人材やマーケットが日本の10倍であり、価格競争では勝てないし、量の面でもほとんどの工業生産品で世界一となろう。しかし、日本と中国は隣同志である。中国が発展すれば、何もかも全部が中国内で製造できる訳ではなく、日本からも多くの高度部品を輸入するであろう。私が期待するのは、日本の企業が中国へ進出して成功することである。そうすれば、日本からの輸入は確実に増えるし、共存共栄関係が永く続く可能性が高いからである。

欧米の先進工業国の外国での生産比率は日本よりはるかに高い割合である。長期的に見ると、かっての欧米先進工業国が進んだ道を日本は今歩いている。その相手の外国が極めて近い位置にあり、共生の条件には恵まれた日本なのである。何しろ日本を含む東アジアは、今でも人口は20億人で世界の1/3、国民総生産は1/4を占める。このまま発展すれば工業生産でも1/3となるのは時間の問題であるし、それ以上を占めるのも遠い日ではなさそうである。

製造業が空洞化すれば、貿易赤字と円安が到来し日本は貧乏になる。それが相当程度に進めば、日本のコスト競争力が回復し、外資の日本工場進出や外資による工場買収により、再度日本の製造業に活気が出てくるという。これは、かっての英国のたどった再生シナリオであるが、こんな事態になることだけは願い下げたいものである。